あらすじ
2001年10月。冷たい雨が降る夜。
奈緒は、地方都市の郊外にひっそりと佇む喫茶店「遠灯」を訪れる。
四十年近く続いたその店は、今日が最後の営業日だった。
亡くなった母の遺品から見つかった古い手帳と、一枚のコースター。そして偶然目にした、遠灯の閉店を知らせる新聞記事。それらを手がかりに、奈緒はようやくこの場所へたどり着いた。
閉店間際の店内に客はなく、迎えたのは物静かな店主・秀一だけ。
奈緒はすぐには目的を告げず、一杯のコーヒーを注文する。
雨に滲む街灯。
止まる古い時計。
同じ場所で針が飛ぶレコード。
そして、角砂糖を入れても混ぜずにコーヒーを飲む奈緒。
何気ない言葉や仕草を目にするたび、秀一の中で、長いあいだ閉じ込めていた記憶が少しずつ揺らぎ始める。
やがて奈緒は告げる。
「私、ずっと探しているコーヒーがあるんです」
閉店最後の夜。
一杯のコーヒーをめぐって、二十四年間止まっていた時間が、静かに動き始める。