あらすじ
工場主の澤中宏は、亡き妻の名をつけた旋盤ナトイを六十年使い続けてきたが、手の震えと物忘れから寸法を読み違え、引退を決める。工場を継いだ息子の正清は、ナトイを古い機械と見なしてスクラップ屋の大島に引き渡し、最新のCNC旋盤を導入。経営は上向くが、宏は工場に下りてこなくなり、認知症が進んでいく。
台風が迫るなか、区の排水機場から壊れかけたポンプ軸の修理が持ち込まれる。図面もない古いインチ規格の軸を、正清はCNCで三度削り損じる。孫の伊都の言葉で古い帳簿を開いた正清は、四十年前に宏がナトイでこの軸を作ったという記録を見つける。大島は解体を頼まれていたナトイを守り続けており、宏も夜中に油を差しに通っていたことがわかる。
ナトイを工場に戻すと、息子の顔もわからなくなっていた宏が、ナトイの名を聞いて我に返る。宏が音を聞き、正清がハンドルを回す二人の作業で軸は完成し、町は浸水を免れる。
翌年、施設に入った宏は、伊都の手を握って「ついていけ」と言い遺す。十二月の朝、正清が大事な仕上げをしていると、ナトイが宏の癖の場所で強く重くなり、正清の手を止める。刃先は欠けており、押し切っていれば部品は駄目になっていた。直後、宏が亡くなったと電話が入る。その後、ナトイの六十年の癖は消えていた。伊都は祖父が遺した真鍮の留め金をナトイに返す。やがてナトイには、正清の手の形をした新しい癖が生まれはじめる。
場所は東京都江東区亀戸の澤中製作所
登場人物
澤中宏 (78)工場主。15歳で弟子入りして以来、60年以上旋盤を回してきた。最近は手の震えと物忘れが出始めている。
澤中正清46) 源一の一人息子。大手メーカーの生産技術部で働いていたが、早期退職で実家に戻り工場を継ぐ。合理主義者で、父のやり方を「勘と根性」と軽く見ている。
ナトイ 昭和38年製の汎用旋盤。源一の亡き師匠から譲り受けたもので、源一は亡き妻の名をつけて呼んでいる。ハンドルは手の形にすり減り、独特の「癖」がある。
伊都(14) 拓也の娘。工場の匂いが好きで、学校帰りに祖父の作業を眺めている。
大島(70) 近所のスクラップ屋。宏の幼なじみ。