あらすじ
2015年、十一月。
大分県立大分上野丘高等学校の冬は、肌を刺すような木枯らしと共にやってきた。
インドネシア・南カリマンタン州のバンジャルマシンから、父と二人でこの街にやってきた僕――エド(17)。言葉の壁にぶつかり、クラスで孤立する僕の唯一の救いは、早朝の新聞配達の後に、旧校舎の荒れ果てた音楽室で密かに『小説家になろう』のウェブ小説を執筆することだった。インドネシア語で綴った不器用な物語を、初期の翻訳機を使って必死に日本語へと変換しながら。
そんな静寂の世界で、僕は彼女に出会った。
姫野 綾乃(ひめの あやの・17)。十一月二日に誕生日を迎えたばかりの、美術部に所属する少女。
彼女は、喉の神経を蝕む病によって、その美しい「声」を失いかけていた。
日本語が拙い僕と、声を出すことができない彼女。
二人の距離を繋いだのは、一枚の白いタブレットの画面だった。彼女が打ち込む日本語の下に、不自然なインドネシア語の翻訳が並ぶ。放課後の冷え切った音楽室での筆談。夜十時のLINEのビデオ通話で、スマートフォンのカメラに必死にタブレットの画面を向けて微笑む彼女の姿。僕が先に彼女に恋に落ちたのは、必然だったのかもしれない。
しかし、僕が彼女の声になりたいと願う一方で、僕の胸には、故郷バンジャルマシンの燃え盛る炎の中で、僕の最初の小説の原稿を守るために命を落とした亡き母の、消えない火傷の跡(トラウマ)があった。
失われゆく声と、遺された言葉。
大分の美しい秋の終わりに、傷を抱えた二人が織りなす、切なくも温かいヒューマンドラマ。
――これは、画面越しに届けられた、僕と彼女の、声なき愛の軌跡。