あらすじ
「悲しすぎる物語は嫌いです」
本屋で偶然、同じ一冊に手を伸ばした男の人に、私はそう言った。
その本は、新美南吉の『ごんぎつね』。
彼にとっては、小学校の教科書で読んだ懐かしい物語だった。
けれど、私にとっては違う。
ずっと昔。
まだ日本に来る前、私は古い小さな図書館で、ほとんど読めない日本語を指で追いながら、その物語を何度も読んでいた。
ごんは、言えなかった。
自分が何をしたのか。
どうして償おうとしたのか。
「言えばよかったのに」
彼が何気なく口にしたその一言に、私は少し腹を立てた。
簡単に言うなあ。
知らないくせに。
言えないことはある。
言えば何かが変わってしまう気がして、黙るしかなかったこともある。
私にも、あった。
名前も知らない人と交わした、たった数分の会話。
それが、ずっと閉じていた私の昔を、少しずつ開いていく。
これは、悲しすぎる物語が嫌いだった私が、
もう一度『ごんぎつね』を読みながら、
自分の言葉を取り戻していく物語。