あらすじ
国家による秘密裏の暗殺工作が横行する、冷徹で歪んだ世界。ここにある平和と秩序はすべて、不都合な真実を闇に葬ることで維持される精巧なまやかしに過ぎなかった。その巨大なシステムの最末端で、泥をすするような日々を送る一人の男がいた。孤独な法医学者である解剖医。彼は過去の弱みを政府の秘密組織に握られ、国家に「処理」された人間たちの死因を「事故死」や「病死」へと偽装する書類の書き換えを、無理やり担がされ続けていた。彼の執るメスは、国家の殺人を完全犯罪へと仕立て上げるためにある。
そんな深い絶望の底で息を潜める彼の元に、ある嵐の夜、完璧に偽装された一躯の遺体が運び込まれる。表向きはどこにでもある行き倒れの孤独死。だが、解剖医が最初の一太刀を入れ、皮膚の裏側をめくった瞬間、その指先は恐怖で完全に凍りついた。首の筋肉の深層に広がる、生前に高度な拷問を受けていた動かぬ証拠。そして、通常の検視では絶対に見つからない、数時間で体内から消失するはずの軍用暗殺毒の痕跡。これが意味するものは一つ。この遺体は、表に出れば国家そのものの正当性が根底から崩壊するような、最高機密に直結した「巨大な不発弾」なのだ。奴らの言う通りに隠蔽しても、真実を知ってしまった自分が消されるのは時間の問題だった。
迫る死への恐怖が喉元まで競り上がってきたその時、十年前から壊れて放置されていたはずの、机の上の古いモニターが突如として耳障りなノイズを上げて起動した。青白い光が薄暗い地下室を照らし、画面に躍り出たのは、目の前にある遺体の全身を捉えた立体的なCT・MRI画像――『AI解剖データ』だった。驚愕し立ち尽くす解剖医の目の前で、画面に冷たい緑色の文字が打ち出されていく。
『胃の内容物の成分をもう一度見ろ。奴らはそいつを灰にするつもりだ。その声を、国に握りつぶさせるな』
通信のログは完全に偽装されており足跡は掴めない。だが、その送信者のコードネームだけが画面の隅で明滅していた。
『──Ghost』