あらすじ
母の死後、取り寄せた戸籍に、知らない名前があった。
三十八歳の佐伯健一は、書類を見つめたまま手を止める。母からは、一度も聞いたことがない。妹の由美にも、心当たりはなかった。
「お母さん、ずっと私たちといたじゃない」
忙しく働き、二人の子どもを育てた母。
その暮らしを、自分たちはいちばん近くで見てきたはずだった。
半年後、押し入れの木箱から、古い日記と写真が見つかる。
若い母の隣に立つ人。途中で途切れた文章。宛名はあるのに、切手の貼られていない手紙。
母は、誰に何を伝えようとしていたのか。
健一は手がかりをたどり始める。一方、由美は、これ以上知ることをためらっていた。兄が開いた日記を、妹はまだ読めずにいる。
やがて健一は、長く会わずにいた父にも、確かめたいことを抱える。
けれど話を聞くたびに、母にしか答えられない問いが増えていく。
知りたかったのは、母の昔の暮らしだった。
いつから、自分の記憶まで確かめるようになったのだろう。
母が語らなかった時間をめぐる、全26話の家族小説。
※死別と、家族間の暴力を振り返る場面があります。