あらすじ
事故の後遺症を抱え、コンビニのアルバイトで日々をやり過ごす二十四歳の青年・八坂。医者から完治は難しいと告げられた翌朝、彼は店で出会った女性・鳴川那胡の落とし物の名刺入れを、彼女が営む美容室へ届けに行く。
そこで八坂は、那胡が二週間前に夫を事故で亡くしたばかりだと知る。夫が遺した「俺は誰かに変わることはできないけど、俺に変わることはできる」という言葉は、同じように事故で多くを失った八坂の胸に深く刺さった。
別れ際に置いていった一万円をきっかけに、八坂は理由をつけては美容室へ通うようになる。幼い息子・湊との交流、背中の痛みを気遣ってくれる那胡の手の温もり、三人で囲む夕食。凍りついていた八坂の日々は、少しずつ色づいていく。
だが那胡の暮らしには、今も亡き夫の面影が残っていた。夫に似た声の配信を聞いて眠る夜、洗っても汚れの落ちない白いスニーカー、毛布が掛けられたままの隣の椅子。彼女が自分に向ける優しさは、本当に「自分」へのものなのか。惹かれるほどに、八坂の中で疑念と苦しみが膨らんでいく。
誰かの代わりではなく、自分として生きたいと悩む主人公はどのような結末を選ぶのか。