あらすじ
西日本の海沿いにある、小さな漁村。
その集落では、海で亡くなった者たちを昔から「悪神様(あくさま)」と呼んでいた。
悪人だから、そう呼ばれるのではない。
海で死んだ者は、自分が死んだことに気づかず、生きた人間を代わりに海へ連れていけば、自分は陸へ帰れると思っている。
けれど――海は約束を守らない。
誰かを連れていっても帰ることはできず、やがて死者は次の人間を呼び始める。
そのため集落には、古くからいくつもの禁忌が残されていた。
「お盆の間は浜へ行ってはいけない」
「海から名前を呼ばれても返事をしてはいけない」
「どれだけ懐かしい人が立っていても、人間だと思ってはいけない」
祖母・フミからそう教えられて育った朝倉湊だったが、大学一年生の夏、幼なじみの蓮、直樹、大地とともに禁忌を破り、盆の夜の浜へ向かってしまう。
そこで四人が目撃したのは、暗い海の上から手招きする人影だった。
溺れていると思い、海へ入った蓮と大地。
そして直樹の前には、幼い頃に海で亡くなったはずの父親が現れる。
その夜を境に、湊たちの日常は崩れていく。
しかし十数年後、亡くなった祖母が残した日記から、湊はさらに恐ろしい事実を知る。
悪神様のすべてが、人間を海へ連れていこうとしているわけではなかった。
死んだあとも、家族を守ろうとする者もいる。
では、善い悪神様なら信じてもいいのか――。
答えは、否。
どれほど優しかった人でも、どれほど大切な家族でも、長い年月を海で過ごすうちに、少しずつ「海のもの」へ変わっていく。
そして今、湊の前に現れたのは、失った友人たちと、亡くなったばかりの祖母だった。
大切な人の姿をしたものを、本当に拒むことができるのか。
「悪神様」という独自の因習を軸に、友情、家族愛、喪失、そして“愛する人を信じたい気持ち”そのものが恐怖へ変わっていく過程を描く、因習村×海洋ホラー。
――もし、お盆の海で懐かしい人に名前を呼ばれても、決して返事をしてはいけない。
たとえそれが、本当にあなたの大切な人だったとしても。