あらすじ
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 異世界だろうが何だろうが、商売ってのは客がいてこそ始まるってもんだ!」
虎ノ門寅吉、三十八歳。
日本各地の祭りや縁日を渡り歩き、射的、くじ引き、玩具に食い物――なんでもござれの昔気質な的屋である。
ある夏祭りの夜。
店じまいを終え、軽トラックで帰ろうとした寅吉は、奇妙な霧を抜けた先で剣と魔法の異世界へ迷い込んでしまう。
勇者召喚――ではない。
女神から授かったチート――そんなものもない。
ステータスもスキルも魔法もなし。
あるのは荷台いっぱいの商品と商売道具、長年磨いた啖呵売の口上。そして、祭りの揉め事で鍛えられた少々自信のある腕っ節だけ。
「まあ、客がいるなら何とかなるだろ」
城下町の片隅にござを敷けば、そこが今日の商売場所。
見たこともない射的に子供たちは大騒ぎ。
騎士には怪しげな玩具を売りつけ、冒険者とは値段交渉。
困っている奴を見つければ「俺には関係ねえ」と言いながら首を突っ込み、悪党が祭りを荒らせば拳を握る。
おまけに綺麗な女性を見ればすぐ惚れる。
女騎士、宿屋の女将、魔法使い――。
今度こそ運命の相手かと思えば、なぜか最後はいつもいい人止まり。
そして騒動が片付けば、寅吉は屋台を畳む。
「さてと……次はどこの町で店を出すかね」
勇者にはならない。
魔王を倒す使命もない。
ただ商売して、飯を食って、惚れて、喧嘩して、誰かを助けて、また旅に出る。
これは剣と魔法の異世界を露店ひとつで渡り歩く、一人の風来坊の物語。
――今日もどこかの町で、威勢のいい口上が響く。
「さあさあ、お立ち会い! 見るだけならタダだよ!」