あらすじ
新型ウイルスの流行によって袖を通すことのなかったスーツ。
入学式があれば、もっと私たちの学生生活も変わっていたのだろうか。
高校生2年生の初夏、特別講師を招いたセミナーが開かれた。
「誰かに夢を笑われたり、馬鹿にされたことはありませんか?」
その問いに私は時間を忘れた。笑われたり馬鹿にされたことはない。
「じゃぁ、夢を強要されたことは?」
図星だった。
「音楽家なんてほんの一握りしかなれない。なれても生活できない。」
とか、
「収入の安定した職に就きなさい。」
とか、
「ちゃんとした職に就きたいなら大学まで出なさい。」
とか。
身近にはありふれていた。姉の進路志望は音楽大学だった。家庭の経済的な観点からも、奨学金だけではやりくりできない問題だというのは理解できるが、きっと私ならそれでも夢は諦めたくは無いはずだ。ましてや理由が自分にあるわけでもないのに納得なんてできないはずだ。そんな姉は音楽家という夢は諦めても、音楽関係の仕事に就いていて自分の人生を歩けている。強い女性だ。
対して私はというと、親の言うがままの人生を続けている。この操り人形みたいな生活はいつになれば終わりを迎えるのだろうかと考えなかったことはない。だが、経済面でも自立できていない私には何もできなかった。
本当の私の夢はどこに行ってしまったのだろう。
いつの間にか失ってしまった私の夢は戻ってくるのだろうか。
流れる雲を眺めながらそんなことを思った。
それから季節は雲が流れるようにめぐり、2回目の冬が来た。
長かったようで短かった高校生活も残り3日となった。
卒業式を3日後に控えた今日もニュースで聞く猛威を振るう新型ウイルスなんてまだまだ遠いものでそんなに重く考えておらず、いつもと変わらないながらにもマスクを着けて電車に乗った。
今日は卒業式のリハーサルのみ。卒業式は必要最低限で時間を短縮して行うとのことだった。
3年前の春は新型ウイルスのためできるだけ短縮なんてことはなかったのにとは思うが、そのくらいこのウイルスが怖いものだということが分かる。