あらすじ
「──写本係の女など、魔法書の埃と同じだ」
王立魔法院の研究室長クレイド様に、追放と婚約破棄を同時に言い渡された写本係のミレーユ・アシェット。罪状は「二年間、一頁も新しい術式を書かず、ただ本を撫でていただけ」の職務怠慢。
けれど彼女は撫でていたのではありません。読んでいたのです。魔法院の蔵書一万二千冊を、一冊残らず、素手で。
ミレーユの前世は、日本の出版社の校閲部で十四年を過ごした女。赤鉛筆一本で他人の誤りを拾い続け、校了明けの深夜に息を引き取った彼女が授かったギフトは【照合(クロスチェック)】──素手で紙に触れるだけで、過去に読んだ文書との差異を一字残らず検出する力。
戦闘力はゼロ。火の玉ひとつ出せません。
ですが、来月から王立学院の全生徒に配布されるという、新しい聖女候補セシリア様ご自慢の『新・魔導教本』。全三百四十二頁。
そのうち三百十二頁に、誤りがございます。
詠唱の一字違いが、どれほどの火傷を生むか。重箱の隅に何人分の惨事が詰まっているか。教えて差し上げる義理は、もうございません。
「どうぞ、そのままお使いくださいませ」
追放された彼女が向かった先は、国境の砦の古びた書庫。そこで待っていたのは、指先の熱い無愛想な男と、誰にも読まれぬまま埃をかぶった無数の頁でした。
赤ペン一本で世界の誤字を正していく、静かで痛快な校閲令嬢の物語。