あらすじ
新居を選ぶ日、みんなが見ていたのは双子の妹、美緒だった。
不動産会社のテーブルには、新築マンションの資料が何冊も並んでいた。婚約者の佐伯怜司はその中から一冊を抜き取り、美緒のほうへ向ける。
「榊野駅のこの物件、どう? 会社から近いし、帰りが遅くなった日はそのまま泊まりに来られるだろ」
兄の拓真は別の間取り図を指さした。
「だったら花宮町のほうがいいんじゃない? 俺んちからも近いし。美緒が何か食べたいって言ったら、持っていけるしさ」
両親もすぐに賛成した。美緒が泊まる部屋を一つ空けておき、合鍵まで渡そうという話にまでなった。
ひと通り聞いてから口を挟んだ。
「でも、花宮町から冬木台の研究所まで、往復で二時間以上かかるよ」
一瞬だけ、テーブルが静かになった。
母が眉を寄せる。
「あなたの職場が郊外にあるだけでしょう。家を買うのに、通勤時間だけで決められないわよ。美緒は市内勤務なんだから、こっちのほうが便利じゃない」
子どもの頃、引っ越した先では兄にも美緒にも自分の部屋があった。私に与えられたのは、リビング横の納戸を改装した三畳ほどのスペースだった。
そのたびに言われた。
「千景はお姉ちゃんなんだから、少しくらい譲ってあげなさい」
二十年以上たって、今度は結婚することになった。
それでも、私がどの部屋を気に入ったのか、誰も聞かなかった。
子どもの頃にもらえなかった場所は、「新居」と名前を変えても、やっぱり私のものにはならないらしい。
だったら、もういらない。