あらすじ
香澄がアイドルになった知らせは、鈴木の表より先に、山村のペンギンスタンプ三回で届いた。会場はなんばの小さいホール。夜守の登録名は使わず、指定色は癒しと同じ淡い桃。千夜は金髪をキャップに隠して、一番後ろの壁に凭れる。
スクリーンに落ちたキャッチコピーは『名前を呼んだら、夢中にさせるね』。夜守が潰してきたロアは、呼んでから持っていく。香澄の文は逆だ。呼んでから、置いていく。
白い衣装の裾だけが桃の香澄が、小さい声で挨拶する。癒しは使わない。使わなくても空気が温くなる。一曲目は近い雨。サビで事前に募った名前を呼び、山村が先に「香澄ちゃんっ」と応える。舞台の上では夜守を使わない約束だ。
二曲目の間奏、香澄が壁際のキャップを見つけ、音響に乗らない小ささで「千夜くん」と呼ぶ。左肩の古い疼きまで届く。夢中とは跪けではない。呼ばれた側が自分の足で残ることだ。
終演後、氷室があくびと缶コーヒーで「呼び方をロアと逆にした。効率はいい」と言う。千夜は効率じゃない、と返す。楽屋前で山村が桃の花束、鈴木が売上グラフを出して止められる。帰り道、香澄が私語でもう一度同じ文を置く。千夜は「なってるだろ。前から」と答え、キャップを脱ぐ。跪く必要はなく、残る必要だけがあった。キャッチコピーを、不器用に噛みしめて路地を曲がる。