あらすじ
幕張メッセ。環太平洋感染症対策サミット最終日。 観崎かんな、二十三歳。誰もが「まだ若い」と言う年齢で、国際会議の同時通訳ブースに立つ日英パス保持者。彼女の仕事は、聞きながら話すこと。原話から二〜四秒遅れて、言葉を別の言語へ着地させること。彼女はその数秒を、生きる単位として数えて生きてきた。
ヴァルダ共和国の若き代表代理、イルヤ・ヴァレンツの演説。配布スクリプトにない一言を、彼は口にした。誰も気づかない差を、かんなは訳した。それは「数えられた命の中では」という、たった九文字の告白だった。
その夜、彼は死んだ。
そして会議の音声アーカイブを再生したとき、かんなは凍りつく。彼女の声が、彼女の息継ぎで、彼女が一度も口にしていない言葉を、完璧に話していたからだ。
削られた三秒。偽造された自分。彼女の無実を証明できるのは、世界中で誰にも読めない――彼女自身の通訳ノートだけ。
アリバイは、三秒で作れる。
では、真犯人は誰か。その夜、同じ音声を生で扱っていた者。遮音ガラスの向こう、ブースの中にいた、通訳者たちだ。