あらすじ
ミステリ界の頂点に立つ作家・神代久遠。発売即重版、映像化三件、書店の平積みは彼の顔で埋まる。
知る者は少ないが、神代久遠は五年前から一行も書いていない。
実際に書いているのは、空木伊織(22歳)。大学を中退し、三畳一間で扇風機と向かい合う、名前のない書き手だ。原稿料は神代名義の十分の一。打刻されたのは神代の名前。世間は伊織を一度も見たことがない。彼は完璧な「不在」の中でだけ、存在している。
締切の深夜、担当編集の都築椎子から着信。「今から行く。着替えないで」。そして彼女が差し出したスマホには、書評界の重鎮・戸賀崎冬吾が自宅で死んでいるニュースが映っていた。
死因は、睡眠導入剤。状況は、閉め切った書斎。
昨夜、伊織が書き上げたばかりの、未発表の毒殺トリックと、完全に同一だった。
その原稿を読める人間は、世界に二人しかいない。伊織と、都築。警察に行けば、犯行を事前に知っていた唯一の人間として、自分が捕まる。逃げるように事件を調べるうち、伊織は気づく。現場に再現されていたのは自分の「二稿」ではなく、パソコンの中で葬り去ったはずの初稿の誤字だった。
誰かが、僕のゴミ箱まで読んでいる。
書き手の側から、書かれた側の犯人を逆算する、不在の探偵による最初の推理が、いま始まるのだった。