あらすじ
「代理なんて誰にでもできる。頭を下げて、座って、茶を飲んで帰ってくるだけだろう」
水路番の弔いに出かける支度をしていた朝、婚約者のルイス様はそう言って、七年の婚約を解消した。今日の弔いには、想い人のミレーユ様が行くのだという。
この地方の長老会には〈参会帳〉がある。誰が葬式に来たか、誰が堤を直しに来たかを一行ずつ記す帳面だ。古い決まりで、代理で出た者も家名ではなく本人の名で書かれる。頭を下げたのは体ひとつの人間だから、という理由で。
人を呼ぶとき、この地方の者は参会帳をめくる。名前がよく出てくる者に声をかける。長老会の席次も、その厚みで決まる。
アイリスは婚約解消を承諾し、その日の弔いに、伯爵家の代理としてではなく自分の名で参列した。
七年ぶんの義理は、伯爵家には一件も積まれていない。
――「面倒だから行かない」と決めたのは、いつも彼のほうだった。