あらすじ
帝国軍北部魔導研究所には、三年間笑われ続けている兵士がいる。
剣術は最低評価。
魔法もろくに使えない。
仕事は掃除、荷運び、買い出し。
帝国一の無能兵――ルドルフ・ベルン。
だが、その男は存在しない。
本名、レオン。
世界の八割を奪った帝国へ、たった一人で潜り込んだ〈アライズ〉の潜入工作員だった。
三年間。
無能を演じながら研究所を歩き、警備を覚え、人間を観察し、誰にも疑われることなく帝国の最深部へ潜り続けた。
目的は、人間だけを殺して土地を残す禁忌の魔導毒〈灰の雨〉。
帝国は、その存在を否定している。
だが製造と使用を証明する最高機密を持ち帰れば、世界に残された国々へ示すことができる。
帝国が何をしてきたのか。
そして次に、自分たちが何をされるのか。
午前零時まで、あと二時間。
三年間かけた潜入任務の最後の夜。
レオンはついに、帝国最高機密〈GRAY〉を盗み出す。
あとは、三年前から決められていた脱出地点へ向かうだけ。
――そのはずだった。
地下牢で、翌朝処刑される一人の女を見つけるまでは。
帝国最高の大回復魔道士、エレナ・アルフォード。
助ければ、三年間の計画が崩れる。
置いていけば、任務は予定通り終わる。
レオンは一度、彼女を置いていく。
そして――戻った。
「走れる?」
「たぶん、無理です」
「……最悪だ」
最高機密を抱え。
魔力を失った大回復魔道士を連れ。
研究所中を敵に回して。
三年間、一度も失敗しなかった潜入者の――
何一つ予定通りにいかない脱出が始まる。