あらすじ

京都府伊根町。海に迫り出した舟屋を改装した、六席だけの食事処「静波」。 店主の相沢水月は、その日に揚がった魚だけで献立を組み、料理がなくなれば暖簾を下ろす。雑誌の取材は断り、席は増やさない。かつて京都の料亭で、自分の考案した料理を先輩に奪われ、声を上げた側が厨房を追われた。あの日から水月は、自分の目と手が届く範囲だけで料理を作ると決めている。 東京でシステムエンジニアとして働く相沢海斗は、深夜の障害対応の最中に、指が動かなくなった。会社を休み、行き先も決めないまま列車を乗り継いで、たどり着いたのが伊根だった。 夏の終わりの昼、海斗は静波の戸を開ける。 出されたのは、焼いた魚と、汁物と、漬物。それだけだった。 食べ終えたとき、海斗は久しぶりに「明日も何か食べたい」と思った。 一皿の食事から始まった距離は、メールのやり取りと、季節ごとの再訪を重ねて、少しずつ縮んでいく。 魚を運ぶ老漁師。厨房に立つようになった若者。町の人たち。 奪われた名前が戻ってくる日。舟が来ない朝。雨漏りのする家。手放す仕事と、引き受けない責任。 劇的な事件は起こらない。ただ、波が寄せるように日々は続いていく。 同じ波は二度と来ない。それでも波は、毎日この岸へ届く。 伊根の海辺で、二人が暮らしを組み立て直していく四年間の物語。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
小説を読もう
小説を読もう2026/09/05
  • 現在の作品『静波の寄せる場所』