あらすじ

「刺繍なんて、侍女にでもやらせるさ」 婚約者のユリウス様は、針の間の戸口でそう言った。十年、一度も入ってこなかった部屋の、戸口で。 この国の公文書に蝋印は使わない。家紋を刺した「封布」を書類に縫い留め、その針目で真贋を証す。刺し手は一家に一人だけ、王立照合院の台帳に名前で登録される。レヴィナス公爵家の登録名は、十二の年から、シルヴィアだ。 シルヴィアは婚約破棄を承諾し、規則第十七条どおりに退任した。現行の封布百三十一枚すべてに、無効の返し針を入れて。 やがて公爵家の書類は一枚も通らなくなる。ユリウス様は言う。「マリエルのほうが上手いんだ。照合院が意地悪をしている」と。 上手であることは、求められていない。 求められているのは、十年、同じであることだ。 ――他家の紋ばかり刺してきた三女が、はじめて自分の紋を持つまでの話。

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小説を読もう2026/09/05
  • 現在の作品「刺繍なんて侍女にでもできる」と婚約を破棄されましたので、規則どおり退任いたします――公爵家の封印は、本日限りですべて無効です