あらすじ
この少年が歌おうとすると、忘れられた神と同じ音が鳴る。
◇
毎年十二月中旬、皇居の賢所で六時間の儀式が行われている。
電気の入らない庭。庭火だけが明かり。観客はいない。報道もない。
千年間、誰にも見せないまま続いている。
多迦具(おおの かぐ)、十七歳。その隅に座っている。声は出さない。出せないからだ。
多氏。日本最古の皇別氏族とされ、古事記を撰した太安万侶を出した家。
今は宮内庁楽部に一人を残すだけの、全国二十四人の家。
祀られなくなったものは、名を忘れて荒ぶる。
楽器で押さえ、歌で静め、名を書いて鎮める。
それが千三百年、多氏がしてきた仕事だ。
だが迦具は歌えない。楽器も鳴らない。
口を開けて節をつけようとすると、荒ぶるものと同じ音が出る。
彼にできるのは、書くことだけだった。
十七歳の冬。日比谷の交差点で、名を知らない一体と対峙したところから、話は始まる。
――郷級から上は、うちは千年、一度も帰していない。
◇
【主な用語】
篳篥(ひちりき)/龍笛(りゅうてき)/笙(しょう)/和琴(わごん)
賢所(かしこどころ)/御神楽(みかぐら)/阿知女作法(あちめのさほう)
採桑老(さいそうろう)/盤渉調(ばんしきちょう)
※本作は創作です。多氏および作中の楽家・雅楽・宮中祭祀に関する記述は、
公刊資料に基づく部分と創作を含みます。実在の一族・団体・儀式とは関係がありません。