あらすじ
スイス・アッペンツェルを舞台にした20代30代女性向け国際恋愛の短編小説。
前後編で完結する読み切り作品です。
29歳のミナは、東京の音声コンテンツ制作会社で編集ディレクターをしている。管理職への昇進を打診されたものの、人を動かす仕事へ進みたいのか、自分で音を作る仕事を続けたいのか決められない。答えを出すためではなく、九日間だけ何も決めずに過ごそうと訪れたのが、スイス北東部の小さな村アッペンツェルだった。
秋祭り「Chölbi(ヘルビ)」の夕方、広場で人々が踊る場所を空けるため、一つの長椅子を偶然一緒に運ぶことになったのが、地元で革製品を作る32歳のルーカだった。しかも彼の工房は、ミナの滞在する部屋の一階にある。
翌日から、二人は工房が閉まる夕方になると、村外れの牧草地まで「五分だけ」遠回りして帰るようになる。遠くから聞こえる牛の首鈴、湿った草の匂い、夕日に沈むアルプシュタイン。その何でもない帰り道が、いつしか二人にとって一日のいちばん楽しみな時間になる。
ルーカにも、村に残るかどうかではなく「どんな形なら、自分の仕事を好きなままでいられるのか」という迷いがあった。二人は相手の答えを決めない。ただ、明日も隣を歩きたいという気持ちだけは、少しずつはっきりしていく。