あらすじ

十七歳の瀬尾晴馬は、自分の人生が好きだった。 友達がいた。 家族がいた。 好きな音楽があった。 できることも、これからやってみたいことも、たくさんあった。 だから死ぬなんて、まるで考えたことがなかった。 高校二年の秋。 晴馬は突然の交通事故でその短い人生を終える。 ――はずだった。 次に目を覚ましたとき、鏡の中にいたのは知らない少年だった。 そして頭の中から、怯えた声が聞こえる。 「……瀬尾、晴馬?」 声の主は、その身体の本来の持ち主、志摩湊人。 しかも湊人は晴馬と同じ高校、同じ学年で、生前の晴馬を一方的に知っていた。 晴馬は驚く。 自分を知っている人間の中に、自分がいる。 湊人はもっと驚く。 つい数日前に学校中がその死を悼んだ人気者が、自分の頭の中で、 「腹減ったな。なんか食おうぜ」 などと言っている。 奇妙な共同生活が始まった。 人付き合いが苦手な湊人の代わりに晴馬が会話を手伝い、勢いだけで動こうとする晴馬を湊人が止める。 晴馬が身体を借りれば、人前でも臆することなく歌える。 湊人は内側からそれを見る。 ある日、晴馬は湊人が密かに作っていた曲を聴く。 そして、初めて本気で驚く。 「お前、これ、誰かに聴かせたのか?」 「……ネットに少し」 「何人?」 「昨日は、十一人」 晴馬はしばらく黙ったあと、笑った。 「よし。じゃあ次は百人だな」 百人。 千人。 一万人。 十万人。 最初はただ、湊人の曲を誰かに聴いてほしかっただけだった。 晴馬の歌。 湊人の音楽。 晴馬の度胸。 湊人の繊細さ。 晴馬の人を惹きつける力。 湊人の、人が見落とすものを見つける力。 正反対だった二人の才能は、一つの身体の中で奇妙なほど綺麗に噛み合っていく。 文化祭。 動画投稿。 小さなライブハウス。 音楽コンテスト。 ネットでの話題。 芸能事務所。 楽曲提供。 テレビ出演。 全国ツアー。 そして、誰もが名前を知るアーティストへ。 だが、成功するほど湊人には一つの疑問が生まれる。 世間から称賛されている「志摩湊人」は、本当に自分なのだろうか。 晴馬がいなければ、ここには来られなかった。 晴馬もまた考える。 自分はもう死んだ人間なのに、湊人の人生を使って夢を叶えているだけなのではないか。 やがて二人は気づいていく。 どちらかが、どちらかの代わりになる必要などなかった。 一人では歌えなかった。 一人では曲を世に出せなかった。 一人では出会わなかった人がいる。 一人では見ることのできなかった景色がある。 これは瀬尾晴馬の第二の人生ではない。 志摩湊人が誰かに人生を奪われる物語でもない。 十七歳で人生を終えた少年と、 十七歳まで人生を始められずにいた少年が、 ひとつの身体で、二人分の未来を始める物語。

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カクヨム
カクヨム2026/09/04
  • 現在の作品一つの身体に、天才が二人いる。