あらすじ
ゲルト・ハウザー、四十二歳。大陸一のクラン「アルゴノート」整備房の主任。
二十年で十二万本の武器を見てきた男は、ある朝の集まりで房の閉鎖を告げられた。
「魔導鑑定盤のほうが速いんですよ。人の目はもう、その、割に合わなくて」
持ち出せたのは、私物の道具箱ひとつだけだった。
行き場をなくしたゲルトは、迷宮第十七階層の廃材置き場に腰を下ろし、
拾った板きれに炭でこう書く。
『なおします』
最初の客は、折れた安物の槍を抱えた十七歳の娘だった。
ゲルトは槍を三秒見て、こう言う。
「直すのは簡単だ。ただ君、右足に体重を乗せすぎてる。
次にそれをやったら、折れるのは槍じゃない。膝だ」
三日後、娘は生きて帰ってきた。仲間を五人連れて。
ゲルトの技能は【手入れ】。触れた道具の状態が分かるだけの、四等のハズレ技能。
本人は「二十年もやれば誰でもこうなる」と本気で思っている。
だが、傷のつき方は嘘をつかない。
柄に染みた手の脂の位置、刃こぼれの角度、鞘の内側の擦れ。
そこから彼には、持ち主の癖も、隊の穴も、次に死ぬ場所まで見えてしまう。
誰も死なずに帰ってくる店。
噂はギルドの伝言板を駆け抜け、やがて大陸最強と呼ばれる女が、
番号札を握って十七階の行列に並ぶことになる。
これは、世界に必要とされなくなった整備士のおっさんが、
迷宮の隅っこで、大陸一安全な工房を育てていく話。