あらすじ
ポルトガル・マデイラ島を舞台にした20代30代女性向け国際恋愛の短編小説。
前後編で完結する読み切り作品です。
三十一歳の日本人グラフィックデザイナー、ユイは、会社から提示された管理職への昇進を前に、自分が本当にデザインを続けたいのか分からなくなり、十六日間の休暇でポルトガル領マデイラ島へ来る。大西洋を望む坂の街フンシャルで彼女が乗ることになったのは、モンテから街へ坂道を滑り降りる伝統的な籐のそり。偶然隣に座ったのは、島で小さな製本工房を営むティアゴだった。
十分ほどの奇妙な相乗りが終われば、それだけの縁のはずだった。ところが二人は、そりを降りた場所から街まで一緒に歩く。その翌日から、「下ったぶんだけ少し歩いて帰る」という二人だけの習慣が始まる。
ティアゴは先に恋を自覚する。しかしユイは、彼との時間を「旅行中だけの特別なこと」と呼び続ける。二人は離れない。喧嘩もしない。それでも、帰国後を一度も口にしないユイの言葉だけが、少しずつ二人の間に残っていく。
最後にユイが選ぶのは、旅行を延長することではない。帰国したあとも彼に会う未来を、自分の予定表へ初めて書き込むことだった。