あらすじ
一文字につき、思い出一つ。それが、この世界の警報の値段だった。
現代日本の市役所で危機管理を担当し、豪雨の夜に命を落とした俺は、異世界の王都で《王立境界異災報務院》の報務官になっていた。昨日より一本多い路地、自分の名を呼ぶ井戸、持ち主より先に帰宅する影――日常に紛れ込む「異災」から、人々を正しい言葉で守る仕事だ。ただし、王都全域へ届く魔導警報《告鐘文》には代償がある。自動生成された原文を一文字直すたび、訂正者の思い出が一つ消えるのだ。
ある朝、王都の西端から、看板、台帳、そして人の記憶にある固有名詞が消え始める。姿の見えない巨大な「空白」は、都市そのものを一冊の本のように、西から東へ読み進めていた。
原文機が示した校了時刻は、午後四時。
母の顔を失い、幼なじみとの思い出を失いながら、俺は名前を奪われつつある王都に、最後の警報を届ける。