あらすじ
雨の夜、フードデリバリーに使っていた電動アシスト自転車を盗まれた。
犯人らしき人影を追いかけた拍子に足をひねり、私は道路脇の水たまりに転んだ。足首が痛くて立ち上がれず、コンビニの前に座り込んだまま、五年間付き合っている恋人の桐生悠真にLINEを送った。
【自転車を盗まれた。足もひねっちゃって……迎えに来てもらえる?】
かなり待ってから、ようやく返信が来た。
【そんなことでわざわざ呼ぶの? 俺が車も持ってないから嫌になった?】
悠真はずっと、実家の事業が失敗して多額の借金を抱えていると言っていた。私もそれを信じ、古いアパートで暮らし、値引きされた弁当を分け合う生活を、二人で未来のために耐えているのだと思っていた。
その時、目の前を黒いレクサスLSが通り過ぎた。
赤信号で速度を落とした車の後部座席に、見慣れた男がいた。いつも金がないと言っていた悠真が、高そうなスーツを着て、入社してまだ三か月にもならない白石美羽の頬についた雨粒を優しく拭っていた。
その夜、社内Slackはその話でもちきりになった。
そこで初めて知った。
五年間、私の前で貧乏人を演じ続けていた恋人は、東央グループ創業家の一人息子だった。