あらすじ
「死者が帰る村では、違いを教えてはいけない。」
令和六年、東央文化大学の旧民俗学研究室から、昭和六十二年に行われたある山村の調査記録が発見された。
調査地は、久嶺県暮石郡暮石村。
そこでは、人が死んでも七日間は埋葬しない。
死者の名が帳面から消えるまで家族は遺体と暮らし、消えなかった者は「還らず堂」へ移される。
そして、ごく稀に――死んだはずの人間が帰ってくる。
顔も、声も、身体も、記憶も本人と同じ。
ただし必ず、一つだけ何かを間違えている。
家族の名前。
誕生日。
家の間取り。
昔飼っていた犬の名前。
村には、それを訂正してはならないという決まりがあった。
なぜなら、間違いを教えると、その人は正しく覚える。
代わりに、別の何かが間違い始めるからだ。
戸籍が変わる。
写真が変わる。
家族の記憶が変わる。
やがて調査を続けていた民俗学者・久世冬一郎は、自分自身の記録にも食い違いがあることに気づく。
過去に何度も暮石村を訪れていた記録。
覚えのない自筆の調査ノート。
同じ年齢のまま残る古い写真。
そして、名簿に現れた自分の名前。
これは、死者が蘇る村の記録ではない。
誰が死者で、誰が生者で、
どちらが本物だったのか。
それすら、最後には分からなくなる記録である。