あらすじ

「天使の辞典」とはこの世の森羅万象を清らかに誠実に記載する辞典である。今回は万年筆に焦点を絞って項目を立てた。  筆記具の王であった万年筆はその権威を失墜して久しい。  かつて近代化の波の中で日本の筆記具は毛筆からつけペンへと変わり、そして万年筆がその最高峰に君臨した。  身にまとう高貴さ、そして漂う文化の香りから、万年筆は西洋化の象徴であり、まさに書斎の玉座にふさわしい存在であった。入学式には万年筆を贈るという贈答文化を通じ、この舶来の道具は日本の風習へと深く溶け込んでいった。  しかし戦後に登場した安価で実用的なボールペンによって、昭和の高度成長期に玉座を追われて衰退を余儀なくされた。前世紀の末にはデジタル化の波が押し寄せ、筆記という行為そのものがこのまま滅びゆく運命にあるとさえ思われた。  だが、万年筆の灯は消えなかった。現在、趣味的なものとして復興を遂げつつある。  昨今、国際情勢の混迷による金価格の高騰を受け、万年筆の代名詞ともいえる金ペンを搭載したものは二倍、三倍と価格を高騰させている。  万年筆は以前にも戦争の影響を強く受けていた。それは本辞典の項目、語釈を通読すれば読者にも諒解を得られるだろうと編集子は確信している。戦後の日本が高品質で、比較的に安価な万年筆を享受できたのは、日本が平和だったからだ。我々が心置きなく万年筆の沼に沈み、散財を満喫するためにも、我々は平和を希求する必要があるのではなかろうか。  日本における万年筆受容の歴史は、近代以降の日本の性格を明徴に映し出す鏡である。しかし、インクについての優れた事典は公刊されているものの、万年筆そのものを対象とした総合的な辞典は、編集子の管見の限り存在しない。  この状況をかんがみ、編集子は万年筆文化の興隆に貢献し、これから万年筆の文化に触れようとするビギナーから、一生使いきれないほどの万年筆を所有する沼から抜け出せない重症者までの使用に耐えうる辞典の編纂を志した。万年筆に関する項目を一通り網羅したと思うが、その真偽と価値の判断は読者に委ねたい。  『新明解国語辞典』の編纂者山田忠雄は辞書は文明批評だと述べている。編集子もまた、この辞典を万年筆批評のつもりで編纂した。  「自分を悪魔だと名乗る奴は信じてもいいが、自分を天使だと言う奴は絶対に信じるな」とフィリップ・マーロウもどこかで言っていたような気がする。読者諸賢におかれては、本辞典を盲信することなく、ご自身の万年筆との危うい付き合いをより豊かにする一助としてお読みいただければ幸いである。    二〇二六年二月九日           漱石がペリカンにインクを飲ませる幻影を見つつ                                                                                               万里小路 信房

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カクヨム2026/09/01
  • 現在の作品天使の辞典 万年筆篇 第一版