あらすじ
神谷蓮司は、誰もが認める理想の彼氏だった。
背が高く、仕事も安定していて、人当たりも穏やかで優しい。周囲の同僚からは、大学時代にこんな男と出会って、そのまま七年も付き合っているなんて運がいいと言われていた。私自身も、ずっとそう思っていた。
あの日、体調が悪くて仕事を早退し、朝凪市にある私たちのマンションへ帰るまでは。
リビングに蓮司の姿はなかったが、ノートパソコンは開いたままだった。画面には共有ドキュメントが表示され、内容が自動更新されている。閉じておこうと手を伸ばした私は、そのタイトルを見た瞬間、動きを止めた。
【さなと叶える五十の恋愛リスト】
私の名前は、佐伯紗奈。
読み方は「さな」だ。
第一項――さなと一緒に猫を飼う【達成済み】
第十二項――さなと夕日の中でロマンチックなキスをする【達成済み】
第三十九項――貯金して、さなの欲しがっている車をプレゼントする【進行中】
最初は何も疑わなかった。蓮司がこっそり私たちのために作っているリストなのだとさえ思った。けれど、読み進めるうちに違和感が膨らんでいった。
そこに書かれている出来事の多くを、私は知らなかったからだ。
そのとき、画面がもう一度更新された。
最下部に、五十番目の項目が現れる。
【愛は沙菜に。帰る場所は紗奈に。】
私は二つの名前を見つめたまま、凍りついたように動けなくなった。
紗奈。
沙菜。
どちらも読み方は「さな」。
けれど、一人は私で、もう一人は水城沙菜だった。
神谷蓮司は、一度だって名前を書き間違えてはいなかった。
最初から間違えていたのは、私のほうだった。