あらすじ
老朽設備の更新によって、一人のベテラン職人が、担当してきた工程を丸ごと失う。「俺がいなくても、この機械なら作れるってさ」――職人の乾いた一言から、律は、その更新費用の出所を辿り始める。銀行、行政、保証協会。入口はそれぞれ違ったが、審査書類に並ぶ言葉だけは、驚くほど似ていた。「同じ金が流れていたんじゃない。同じルールが流れていたんだ」
律は、五年分の会議記録を読み解き、誰も悪意を持たないまま、一人の職人の持ち場が消えていった経緯を再構成する。だが律は、そこで思考を止めない。悪意がないことと、過失に責任がないことは、別のことだった。
律は、資金をさらに遡り、ある機関投資家の運用報告書に行き着く。あの職人の退職金も、この運用先のどこかに紛れ込んでいるかもしれなかった。確かめる術はなかった。そして律は、かつて対峙したクラークと、再び言葉を交わすことになる。「あなたも、誰かの下請けなんですか」
胴元は、いなかった。だが律は、「胴元を探すこと自体が、間違った問いだったのかもしれない」という疑念だけを抱えたまま、これまでの点を、初めて線で繋いでみる。
その地図は、しかし、律の意図を離れ、すでに誰かにとっての「道具」になり始めていた。律は、線の地図と、点だけの地図を、重ねることができないまま、二枚とも、そっと引き出しにしまう。
構造を暴くことも、また、新しい構造になり得る。それでも律は、地図を手放さない。