あらすじ
十二月中旬、皇居の賢所。
電気の入らない庭で、庭火だけを頼りに、六時間の儀式が行われる。観客はいない。報道もない。千年間、誰にも見せないまま続いている。
多迦具(おおの かぐ)は、その隅に座っている。声は出さない。出せないからだ。
多氏。日本最古の皇別氏族とされ、古事記を撰した太安万侶を出した家。今は宮内庁楽部に一人を残すだけの、全国二十四人の家。
祀られなくなったものは、名を忘れて荒ぶる。楽器で押さえ、歌で静め、名を書いて鎮める。それが千三百年、多氏がしてきた仕事だ。
だが迦具は歌えない。楽器も鳴らない。口を開けて節をつけようとすると、荒ぶるものと同じ音が出る。
彼にできるのは、書くことだけだった。
十七歳の冬。日比谷の交差点で、名を知らない一体と対峙したところから、話は始まる。
——郷級から上は、うちは千年、一度も帰していない。
※本作は創作です。多氏および作中に登場する楽家・雅楽・宮中祭祀に関する記述は、公刊資料に基づく部分と、著者が創作した部分を含みます。異能に関する設定はすべて創作であり、実在の一族・団体・儀式とは関係がありません。