あらすじ
夏休みなんて、ただのカレンダーのバグだ。
もう夏休みが半分以上が過ぎてしまった。
ゴーー。
部屋のエアコンは風力最大、二十四度に設定されているはずなのに、スマホの画面を睨みつける僕の背中には、じっとりとした不快な汗が張り付いていた。
画面の中で僕の操作するキャラクターが派手に爆散し、『GAME OVER』という赤の文字が明滅する。
「あーもう! なんなんだこのアクションゲーム!? 本当にアクションゲームなのかって思うぐらい、敵の弾幕密度高いんだけど!?」
それとほぼ同時に、一階のリビングから、聞き飽きた母親の鋭い声が階段を駆け上がってきた。
「ちょっと、いつまでゲームやってんの! 課題のプリント、半分も終わってないって先生から連絡あったわよ! 中学生上がっても前と同じだよ!?」
毎日、毎日、同じセリフの繰り返し。
——ガタッ
「チッ、分かってるっての」
「今アンタ舌打ちしたでしょ!?」
「お母さんってなんでここまで地獄耳なのかな……」
僕は舌打ちをひとつ、コントローラーをベッドに投げ捨てた。
僕だって分かっている。
課題なんて、やろうと思えばいつでもできる。
だけど、あの大人たちが押し付けてくる「有意義な夏休みを過ごしましょう」という同調圧力が、たまらなく息苦しかった。
僕は大人びているとよく言われる。
学校の連中が騒ぐガキっぽいノリにはついていけないし、一人でいる方が楽だ。
無理矢理関わってくる奴のせいで輪っかの中に入れられてるだけだし。
だけど、この部屋に充満する『親の催促』という重力からは、どうしても逃げ出すことができない。
「……もう、我慢できない」
衝動が、理性を上回ったのは一瞬だった。
——ガサガサッ!
リュックサックを掴み、財布とスマホ、モバイルバッテリー、それから数冊のノートだけを放り込む。
部屋を飛び出し、一階で何か言いたげな母親の顔を無視して、勝手口から車庫へと滑り込んだ。
——ガラガラガラッ
重いシャッターを力任せに開ける。
そこに佇むのは、僕の唯一の仲間であり、相棒であるマウンテンバイクだ。
ペダルに足をかけ、思い切り踏み込んだ。
どこへ行くかなんて決めていない。
ただ、この息詰まる日常から、できるだけ遠くへ。
これは——これが、『僕の』夏休みの始まり。