あらすじ
物語は、怪異の本質に関する哲学的・物理学的な思索から始まる。
「憑き物」や「幽霊」の多くは、禍々しい祟りや無念の怨念などではなく、人間が無意識に繰り返した日常の熱量と動作の累積によって空間そのものが「摩耗」し、そこに固着した「記憶の残像」に過ぎないと提示される。
都内のある古いマンションでは、「玄関を入れてすぐ左側の部屋」だけ歴代の入居者が半年と持たずに退去していた。
事故物件としての歴史や事件性はないものの、内見を担当した不動産業者すら「空気に妙な密度がある」と異様さを語る場所であった。
この部屋で起きる怪異は劇的な恐怖演出ではなく、住人の生活に密着した微小な違和感として現れ、徐々に精神を削っていく。
入居3ヶ月で耐えかねて退去を決めた女性に対し、老管理人は「前の人もその前の人も同じように『誰かが先に帰ってきている気がする』と言って出て行った」と漏らす。
後日、過去の古図面を調べると、その部屋の位置は昭和初期に存在した木造家屋の「上がり框(かまち)のすぐ横」にあたることが判明する。
当時そこには仏壇が置かれており、帰宅した者が靴を脱ぎ、真っ先に手を合わせて「ただいま」と挨拶する生活の動線が存在していたのだった。
この現象に対して「お清め」や「祓い」の類が一切効果をなさない理由が明かされる。
悪意や因果の怨念が存在しない単なる「物理的な空間の傷痕・摩耗痕」であるため、調伏の対象とはならないのだ。
我々が「己の家」だと思っている空間も、過去の誰かの生活の重層の上に成り立っている。
帰宅して灯りを消した瞬間に背後に漂う微かな違和感こそ、主客が逆転した「先客」の気配なのではないかと…