あらすじ
葬送都市ネム=レクス。
人が死ねば、名を記す。
棺を用意し、墓碑へ刻み、眠りの鐘を鳴らす。
死者を名なしに捨ててはならない。
それが、この街の決まりだった。
死者名記録官、リシェ=ベルレインの仕事は、
死者が最後に名乗った《終名》を聞き、
その人生を記録し、
正しい名前で眠りへ送ること。
そんな彼女のもとへ、奇妙な事件が持ち込まれる。
夜明け前。
空白墓地で、一つの葬列が行われた。
参列者がいる。
泣いている少女がいる。
棺もある。
――けれど、棺の中には誰もいなかった。
さらに不可解なことに、
参列した者たちは誰を葬ったのか思い出せない。
残されていたのは、空の棺と、
《まだ、記すな》
という謎の言葉だけ。
調査を始めたリシェは、
やがて一人の青年と出会う。
自分が死者であることは分かる。
けれど、生前の名前を思い出せない。
死者名簿にも載らず、
墓碑にも刻まれず、
正式な死者として記録することさえできない幽霊。
リシェは彼を、とりあえずこう呼ぶことにした。
アスター=ヴェイル。
正式な名前ではない。
記録でもない。
ただ、彼を空白のままにしないための《仮名》。
二人はやがて、
空の棺に隠された一人の少女の死と、
死者の名前そのものを白紙へ戻そうとする者たちへ辿り着く。
正しい名前を残せば、死者は救われるのか。
罪人と記録された者は、
永遠にその罪名で眠らなければならないのか。
家族だけが呼んでいた「お姉ちゃん」は、
公的な名前より劣った呼び名なのか。
そして――
死者本人が、どんな名前で眠りたいのか。
記録すること。
忘れること。
名前を与えること。
名前を消すこと。
そのどれもが、
死者を救うことにも、縛ることにもなる。
だからリシェは、すべてを即座に決めない。
書けないものには、余白を残す。
死者でもなく。
生者でもなく。
記録でもなく。
忘却でもない青年を隣に置いて。
「相棒、保留」
これは、死者の名前を記す少女と、
自分の名前を失った幽霊が、
「人は、どんな名前で記憶されるべきなのか」
を探して歩く物語。
死と名前と記憶をめぐる葬送幻想ミステリー。
※公式サイト先行公開、小説家になろう平行連載