あらすじ
この国では、面こそが顔である。
生まれた家を示す《生面》。
商いを許す《職面》。
武士として刀を抜く《戦面》。
神前で舞うための《祈面》。
人は面によって役を与えられ、
その役によって、社会の中に居場所を得る。
だから――面から《役》を奪われた者は、
昨日までできていたことさえ、できなくなる。
仮面王朝エイシャ=ノワ。
帝都カミザの路地裏で働く少女、イロハ=ナギは、
正規の面師から見放された面を修復する若き面師だった。
ある満月の翌朝。
彼女の工房へ、一枚の真っ白な面が運び込まれる。
割れてはいない。
焼けてもいない。
けれど、そこにあったはずの表情も、色も、役も――すべてが消えていた。
面の裏に残されていたのは、
まるで月に噛まれたような白い傷。
やがて異変は広がっていく。
舞えなくなった神楽師。
刀を抜けなくなった武士。
暦に存在しない満月。
役を忘れていく宮女たち。
そしてイロハは、白影宮に幽閉同然で暮らす皇女、
サヨ=ミカゲと出会う。
彼女には――面がなかった。
皇女でありながら、
この王朝のどこにも彼女の《役》は登録されていない。
それでもサヨは言う。
「わたしはここにいます。名もあります。声もあります」
だが、この国ではそれだけでは足りない。
面がなければ、役がない。
役がなければ、そこに立つことさえ許されない。
しかも、存在しないはずのサヨの面を、
夜ごと《満月》が喰らい続けていた。
イロハは依頼を受ける。
――まだ存在しない、皇女の面を作ること。
けれど旅の中で、彼女は知っていく。
直せばいい面ばかりではない。
役を終えたなら、戻してはいけない面もある。
面を持たなくても、自分の足で舞台へ立つ者がいる。
「保護」という名で役を決められ、社会から閉じ込められる者もいる。
そして何より――
誰かのために面を作ることは、その人が何者であるかを、勝手に決めてしまうことでもある。
月が名を喰っているのか。
それとも、人間が制度と善意によって、
誰かの名前を「喰われたこと」にしているのか。
やがてイロハとサヨは、
王朝最古の《名喰月見台》へ立つ。
そこでは、まだ名のない皇女の役を、
王朝そのものが決めようとしていた。
面師イロハが手にするのは、一本の彫刻刀。
けれど彼女は、勝手には彫らない。
まず、皇女へ問いかける。
「彫っても、いいですか」
これは、仮面が人の役を決める王朝で、
「何者になるかは、誰が決めるのか」
を問う物語。
仮面と月、役割と名前をめぐる和風幻想譚。
※公式サイト先行公開、小説家になろう平行連載