あらすじ
名を書く。
場所を記す。
事実を残す。
それが、人と世界を「存在したもの」として守ること。
若き記録官候補、エリス=ヴェルナはそう信じていた。
彼女に与えられた初めての北方調査任務は、
アウレオン中央大陸と北方大陸シェリグラートをつなぐ《白霧陸峡》の記録だった。
地図と現実が一致しない。
昨日あった道が、今日はない。
道標から地名が消える。
そしてそこに暮らす人々は、自らの名さえ容易には記そうとしない。
同行する風読み、ルオ=スノルは告げる。
「ここで名を書くな」
だがエリスには理解できない。
名前を残さなければ、その人が存在した証はどうなる。
記録しなければ、誰が責任を負う。
書かれていないものを、どうやって後世へ伝えるというのか。
そんな彼女の前で、一人の《道標守》が姿を消す。
彼には契約書があった。
正式な署名があった。
紙の上には、確かに名前が残っていた。
――だからこそ、彼は帰れなくなった。
書くことで守られるもの。
書くことで奪われるもの。
忘れること。
残すこと。
名を与えること。
そして、あえて余白のまま残すこと。
「すべてを記す」ことを信じていた少女は、
やがて白紙台帳に、ひとつの空白を残す。
すると、その余白に、
文字ではない霜紋が浮かび上がった。
そこから届いたのは、誰も記録したことのない言葉。
――書かれし者よ。綴られぬものを継げ。
それは神なのか。
神だったものなのか。
あるいは、まだ神にすらなっていない何かなのか。
名を持たず、
神話にも記録にも綴られぬまま、
雪と霧と人々の息の底に眠り続けるもの。
これは、世界を記録する少女が、
「記録してはならないもの」の後継者となるまでの物語。
記録と名前、余白と神話をめぐる北方幻想譚。
※公式サイト先行公開、小説家になろう平行連載