あらすじ
ネル=エル諸海域では、人の《名》は海へ還る。
死者の名。
失われた名。
誰かが忘れた名。
帰る場所をなくし、潮の底へ沈んだ名。
それらは時に名札となって浜へ流れ着き、
貝殻の内側に文字を残し、
知らない誰かの声で、もう一度この世界へ還ってくる。
名札船《ナミル=レイ》で海を渡る少女、ルカ=ネリス。
海から還る《名》を拾う彼女が出会ったのは、
自分が何者なのかさえ分からない少年――エルンだった。
彼の胸に残された、割れた貝殻。
海底から引き揚げられた黒い箱。
名を売らない海賊たちが暮らす霧の港。
そして、流れるはずの名を測り、記録し、海底へ繋ぎ止める《錨記庁》。
航海を続けるほど、ルカは知っていく。
名は、読めばいいわけではない。
失われた名を、必ず取り戻すべきとも限らない。
忘れることで救われる者もいれば、
呼ばれないことで守られる名もある。
そして何より――
自分自身の名さえ、本当に自分だけのものとは限らない。
名前とは、誰のものなのか。
記録することは、残すことなのか。
忘れることは、本当に失うことなのか。
名が潮のように巡る幻想海域を、
少女と少年を乗せた小さな船が進んでいく。
《名前》と《海》をめぐる海洋幻想航海譚。