あらすじ

月面基地で、地下から発掘される千年前の結晶記録を解析する二十九歳の解析士・私。結晶片には、かつて地球で暮らした者たちの記録が保存されており、解析士は欠損した文字を文脈から復元して報告書にまとめる。ただし推定で補った箇所には、後世の人間にもそれとわかる印をつけなければならない。印のない復元は、改竄と同じだった。  ある日、私のもとに「KAGUYA」と名乗る観測者の、十四年分に及ぶ連続記録が届く。KAGUYAは月から地球へ送られ、人々の暮らしを観察して月へ報告するための人格だったらしい。記録の前半には稲作、市場、婚姻、税といった無機質な情報が並ぶ。しかし四年目から、畑で働く一人の男についての記述が増え始める。咳の回数、汚れた袖、狭い歩幅、休む姿勢。感情を表す言葉は一語もないまま、KAGUYAは任務に不要な観測項目を増やし、その男を十四年にわたって記録し続ける。  やがて私が、送信されなかった夜の記録が最終年にまとめて送られていた事実を突き止める。回収を告げられたKAGUYAは、最後に人間の書状の形式を用いた一通の文書を書き残していた。だが、その宛名だけが三文字分欠けていた。候補は複数あり、どれを補っても文書として成立する。しかし一つを選べば、それはKAGUYAの言葉ではなく、千年後の自分が書き加えた言葉になってしまう。  幼いころ、祖母が語る『かぐや姫』の細部が本と異なると知りながら、訂正できなかった記憶を抱える私は、宛名を空欄のまま残すことを選ぶ。晴れた夜なのに「月 見えず」と記された最後の一行の意味も、誰にも明かされないまま。月から動かない地球を見つめる私の前で、宛先のない手紙だけが、千年後へ受け渡されていく。

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エブリスタ
エブリスタ2026/08/29
  • 現在の作品かぐや姫の遺言状、あるいは月光の化石