あらすじ
北海道の山で、人が消える。見つかるのは、熊に食われた姿で。市も警察も、そう処理する。だが猟歴五十二年の男が、ひとつだけ、見たことがないと言った。――掛け直して、食わない熊はいない。
竹内莉子は、伺見。土地や人に立つ、ふつうでない気配を、寮では気色と呼ぶ。伺見はそれを視て、記す。いつ、どこで、何を視たか。それだけを書き、封をして、上へ回す。原因は書かない。所感も書かない。決めるのは、伺見ではない。
勤め先は暦象事務局。表向きは、暦を調べる役所である。処置は四つ――鎮め、封じ、断ち、そして、記す。鎮められず、断つ手立てもないものは、ただ記録する。由来の欄は、空欄のまま。
門司から札幌へ。辞令の事由は、「障りの消失を待つ」。北の地で莉子は、初めて自分の手で、消えていく人々を記しはじめる。数える。書く。決めない。
事件は解決しない。誰も、原因を書かない。誰も、全体を知らない。明治九年から百五十年、読む者のないまま、記録だけが地の底に積まれていく。
視て、記す。それだけの目を通して綴られる、静かな異変の記録。