あらすじ
夏の終わりの夜。
ピョコさんはいつものエプロンを脱ぎ、少しだけおめかしをして、丘の上の音楽酒場へ向かう。
迎えに来たのは、配送のお兄さん。お兄さんも今日はいつもより少しだけよそ行きで、ピョコさんは思わず見惚れてしまう。
小舟に揺られ、湖を渡り、たどり着いたのは、色とりどりの魔法灯に照らされた大きなテント。
中では笛や太鼓、弦楽器の軽快な音が鳴り響き、人々の笑い声で溢れていた。
ピョコさんもお兄さんに手を取られ、くるくると踊る。
この酒場では、決まった踊り方なんてない。
上手い下手も関係ない。
正しいステップもない。
音楽に合わせて、好きなように身体を動かせばいい。
誰かが手を叩き、誰かが足を踏み鳴らす。
子供も。お年寄りも。旅人も。
職人も。酒場の主人も。
その場にいる誰もが、同じ音楽の中にいて、そして笑っている。
「皆が主人公で、この街では誰か一人だけが輝く舞台なんてない」
ここでは、誰かが誰かの引き立て役にならなくていい。
「だから……」
思わず、声に出る。
「だから、私はこの街が好きなんだ!」
ピョコさんは胸の奥から嬉しくなる。
音楽はさらに速くなり、手をつなぎ、笑い、踊る輪はどんどん大きくなっていく。
知らない人とも手をつなぎ、離れて、また誰かと手をつなぐ。
やがて夜は深まり、二人は静かな湖を小舟で帰る。
少し肌寒くなったピョコさんに、お兄さんがジャケットを貸してくれる。
肩に掛けたジャケットから、ほんのり珈琲の香りがした。
――そろそろ、うちの珈琲が切れるころだ。
甘い余韻の代わりに、最後にピョコさんが考えるのは珈琲のこと。
夏が薄らいで、少しだけ涼しくなった夜。
遠くでは、音楽が鳴り響いている。