あらすじ
出産予定日の一週間前、私は一人でキャリーケースを引き、半年前から予約していた凪ヶ丘メディカルケア・レジデンスを訪れた。
産前産後のケアを受けながら滞在できる施設で、私が予約していたのはマタニティ向けのプレミアムヴィラだった。ところが受付の女性は、端末を何度も確認したあと、ひどく言いづらそうな顔でこちらを見た。
「黒川様、大変申し訳ございません。ご予約いただいていたヴィラですが、昨日、ご変更の連絡が入っております」
思わず聞き返した。
「変更、ですか?」
「はい。ご主人から『ご本人も了承済み』とうかがいまして、現在は旧館の六人用相部屋を確保しております。ただ、そちらは出産直前の方には通常ご案内していないお部屋ですので、念のためご本人にも確認をと思いまして……」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
六人部屋?
私が了承したことになっている?
牧人に電話をかけようとスマートフォンを取り出したところで、家族のグループLINEに通知が入った。
最初に書き込んだのは牧人だった。
『まさか本当に行くとは思わなかった』
笑顔のスタンプまで添えられていた。
すぐに白石雪乃が返す。
『綾乃さんなら平気でしょ。あのヴィラ、しばらく療養に借りるね』
画面を数秒見つめ、そのまま宿泊をキャンセルした。
そしてスマートフォンで、南にある凪浦町の産科予約を確認する。
星ヶ崎からはかなり遠い。
ちょうどいい。
今度こそ、ここには残らない。