あらすじ
五十歳になって、自分のために何かをした日を思い出そうとして、うまくいかなかった。
看護師として三十年。
患者を見て、家族を見て、友人を見て。
自分の予定は、いつも最後だった。
そんな男が、一週間の夏季休暇に初めてログインしたフルダイブVRMMORPG《アステルナ・オンライン》。
十八歳の青年〈ノワール〉となり、剣と水魔法を選んだ。
冒険者ギルドへ登録し、薬草を採り、宿を取り、固いパンの食べ方を覚える。
派手な冒険ではなかった。
けれど、久しぶりに自分の好きなことだけをした一日は、思っていた以上に楽しかった。
その夜、ログアウトできないことに気づくまでは。
この世界には、ノワールと同じように、別の場所からやって来たと語る〈落人〉たちがいる。
帰る方法は、誰も知らない。
それでも朝は来る。
腹は減る。
宿代は必要になる。
仕事を受ければ失敗もする。
剣を習えば殴られる。
魔法を試せば、思っていたものとは少し違う。
やがて隣を歩く人が増え、守りたい約束が増え、自分一人では決められないことも増えていく。
ゲームの中だから始められたはずの、もう一つの人生。
けれど、そこにいる人々と過ごす時間が積み重なるほど、ノワールは問い始める。
――自分は、これからどう生きたいのか。
剣と魔法とダンジョンのある世界で、
三人が食べて、笑って、傷ついて、迷いながら歩いていく。
大きな答えより、明日の予定を一つずつ決めながら。
『明日もダンジョンへ。』