あらすじ
人は瘴気《しょうき》に触れれば鬼となる。鬼は人を喰らい、鬼の肉は猛毒――だが、適切に捌《さば》き、灰汁《あく》を抜き、薬と合わせれば、それは瘴気に冒された者を治す唯一の薬となる。
帝都の片隅、薬湯屋『百薬庵《ひゃくやくあん》』で働く見習い薬師・茅花《つばな》は、前世の記憶を持っていた。引きこもって両親に迷惑ばかりかけ、何もしないまま死んだ、四十年の人生の記憶を。
今世は天涯孤独の孤児。それでも、弟子に拾ってくれた毒舌な師匠と、腹を満たす飯があれば、前世より百倍マシな人生である。
ある夜、裏庭に倒れ込んできたのは、腕に鬼の痣《あざ》を宿した少年と、血だらけの鬼狩りの女剣士だった。女剣士は言う。「この子はまだ人に戻れる。でも薬が、調合師がいないの」と。
瘴気を直す薬の主素材は、鬼の心臓。すなわち――誰かの、元・人間の心臓である。
(……なるほど。毒を以て毒を制す、か。前世の知識がこんな形で役に立つとは)
これは、喰らうことで人を救う薬師見習いが、鬼になった人間の「人だった部分」と向き合いながら、今夜も包丁を研ぐ話。全ての鬼を殺せないなら、せめて、美味しくいただこう。それが彼女なりの、弔いだった。