あらすじ
結婚五周年の日だった。
仕事が予定より早く終わり、三千万円の住宅ローンをようやく完済したばかりのタワーマンションへ戻ると、リビングのソファに一本の髪が落ちていた。
赤みがかった茶色の長い髪だった。私の髪は黒く、長さも肩までしかない。
嫌な予感がしてウォークインクローゼットを確認すると、見過ごせない痕跡が次々に見つかった。Diorのコートの襟には見覚えのない口紅がつき、Tiffanyのブレスレットが一本なくなっている。ほとんど履いていないLouboutinのヒールにも、はっきりと使用跡が残っていた。
写真を撮り、「重要な会議中」のはずの夫――圭介へ送った。
『家に誰か入ったみたい。警察に相談する』
それから十分もしないうちに、玄関が勢いよく開いた。
圭介は息を切らしていた。
「今日、なんでこんなに早く帰ってきたの?」
第一声がそれだった。
答えるより先に、玄関から顔認証ロックの電子音が響いた。
赤茶色の長い髪をした女が、両手いっぱいにショップバッグを提げて入ってくる。
足元にあるのは、私のLouboutinだった。
「圭介さん、ちょっと持って。もう手が痛いんだけど」
そこまで言って、女はようやく私に気づいた。
一瞬だけ目を見開き、すぐに不満そうな顔で圭介を見る。
「……なんでまだいるの?」
壁の時計を見て、さらに眉を寄せた。
「もう八時過ぎてるよ。八時からは私と過ごすって言ってたよね? ローンを払い終わったら、ちゃんと話すって言ってたじゃない」
女と圭介を交互に見た。
四年以上、毎月ローン残高を確認しながら働いてきた。少しでも早く、この家の借金をなくしたかったからだ。
けれど、ここで日常を過ごしていたのは、どうやら私ではなかったらしい。