あらすじ
「戻ってきてはいけません」
そう言われて、桜庭皐月は十九年暮らした実家を出た。
華族の娘として生まれながら、男女の双子というだけで「畜生腹の忌み子」と蔑まれた皐月。
嫁いだ白鷺家でも、夫・幸雄には愛されず、元婚約者の百合子を傍に置かれていた。
けれど、ある日。
幸雄に触れた瞬間、皐月は「過去の記憶」を見てしまう。
物や人に残された記憶を視る、心の声を聞く異能――残響視。
自分には何もないと思っていた皐月に、初めて与えられた力だった。
そして彼女の前に現れたのは、白鷺家の次男・蔵之介。
外国語と商才に長けた彼だけは、皐月を「役に立つかどうか」ではなく、一人の人間として見てくれた。
「あなたには、あなたにしかないものがあります」
その言葉をきっかけに、皐月は少しずつ自分の意思を取り戻していく。
帳簿を読み、商売を学び、残響視で客の記憶に寄り添う。
やがて蔵之介から告げられたのは――
「横浜で、一緒に暮らしませんか」
けれど皐月は、まだ幸雄の妻。
さらに、皐月の異能を利用しようとする桜庭家まで動き始める。
妻としても。
娘としても。
異能の持ち主としても。
誰かに決められた人生を、もう生きない。
壊れた夫婦を元に戻すこともしない。
これは、「何もない」と思わされてきた令嬢が、自分の力と心を取り戻し、自分の未来と恋を選び直す物語。