あらすじ

九月十日の夕方、岐阜県美濃加茂市のアパートで痛ましい事件が起きた。住人の浜戸次郎・七十歳が、自室の居間で何者かに首を絞められ殺害されたのだ。翌十一日の朝、昨夜の騒音を注意しに訪れたアパートの管理人が遺体を発見し、警察へ通報する。 現場に臨場したのは、岐阜県警察本部捜査第一課のベテラン刑事・堤武・五十八歳。現場から採取された指紋は、事件直後に意識不明で「のぞみの丘ホスピタル」へ移送されていた山本啓太・七十歳のものと一致した。山本はかつて空手道場で指導していた男だった。 堤が手配を進めるなか、加茂警察署からは思いがけない報告が入る。山本はすでに病院での処置を終え、加茂署の留置場へと戻されていたのだ。捜査に追われるあまり、時計の針がすでに十一時を回っていたことに気づく堤。十二時前には現場に出ていた捜査員たちがぞくぞくと加茂署へ引き揚げてきた。 一方、留置場で目を覚ました山本は激しい混乱の中にいた。自分の名前や住所は覚えているものの、ここ数日の記憶が完全に抜け落ちていたのだ。なぜ自分がここにいるのか、朝から病院で精神鑑定を受けた理由すら分からない。 昼食後、取調室にやってきた堤から、自分が浜戸殺害の第一容疑者であることを告げられる山本。「私が、やったのでしょうか」――自分の手で人を殺めたのかどうかすら思い出せず、山本はただ途方に暮れる。 それから三週間、山本は留置され続けた。しかし、いくら時が過ぎても失われた記憶が戻ることはなく、自身にかけられた殺害の容疑を晴らすこともできないまま、静かな絶望の中で取り残されるのだった。

連載情報

ウェブ小説

配信言語
エブリスタ
エブリスタ2026/09/15
  • 現在の作品消えた記憶