あらすじ
二〇〇五年八月、純は十年ぶりにケアンズを訪れる。彼女と初めて言葉を交わした水飲み場も、記憶の中と変わらない。そこで懐かしい声に名を呼ばれた瞬間、純の胸によみがえるのは、一九九五年、十七歳だった夏のこと。
陸上の怪我で走る目標を失い、逃げるように研修旅行に参加した純。早朝のケアンズ国際空港に降り立つと、極彩色のロビー、ねっとりと甘い湿気、強烈な日差しが、日本に置いてきたはずの迷いまで照らし出す。そこで出会った紗智もまた、進路を前に立ち止まっていた。周囲の期待に応える「良い子」を演じ、自分が何を望むのかさえ言えずに。
青い蝶ユリシーズ、熱帯雨林、グレートバリアリーフの海。使い切りフィルムカメラに光景を残しながら、二人は互いの痛みに触れていく。純は怪我の真相を語り、紗智は胸の奥の息苦しさを明かす。二人はウルルの赤い大地で誤解を解き、アウトバックの星空の下、初めて自分で選んだ夢と「一緒に頑張る」約束を、ペアのオパールのバングルに託す。
だが、夢を支えるはずの約束は、いつしか互いに逃げ道を許さないものに変質し、あの時水飲み場でこぼれた「恋は寄り道なの」という言葉と共に、純と紗智の十年を縛っていく。
旅立ち、言えない想い、沈黙を経て、それでも純はケアンズへ戻ってきた。なぜ二人には、十年が必要だったのか。あの夏から止まることなく続いた時間の先で、物語はもう一度、彼女の声にたどり着く。