あらすじ
人里離れた山奥に、一人の鍛冶師が暮らしている。
けれど彼には、鍛冶師でありながら武器を一から作る才能がない。
できることは、すでに完成している武器を槌で叩き、《強化》することだけ。
強化によって何が変わるかは分からない。
鋭くなることもある。
軽くなることもある。
時には、誰も予想できない奇妙な性質を宿すこともある。
そして強化に失敗すれば、剣は破片一つ残さず消滅する。
それでも彼は安い剣を大量に仕入れては、毎日ひたすら槌を振るう。
夢はただ一つ。
いつか、おとぎ話に語られるような伝説の魔剣を生み出すこと。
だが、彼自身が使うと強化された剣はその力のほんの一部しか発揮しない。
そのことを知らない彼は、今日も思う。
――まだまだ、伝説の魔剣には程遠い。
強化した剣は、古くからの親友である旅商人へ渡される。
代わりに受け取るのは、次に叩くための大量の安剣と、次に親友が訪れるまで少し余裕を持って暮らせるだけの食料。
金には興味がない。
剣を叩ければ、それでいい。
そして不思議なことに、彼が強化した剣は巡り巡って、その性質を必要とする誰かのもとへ辿り着く。
故郷へ帰らなければならない青年。
逃げることを恥じている冒険者。
もう二度と剣を抜かないと決めた男。
一本の剣が、その人の人生をほんの少しだけ変えていく。
鍛冶師は知らない。
自分が「まだ弱い」と手放した剣が、誰かの命を救っていることを。
誰かの後悔を断ち切っていることを。
そして世界のあちこちで、すでに伝説として語られ始めていることを。
これは、山奥で今日も槌を振るう鍛冶師と、ひっそりとした名商人を夢見る旅商人。
そして二人の手から世界へ旅立った、一本一本の剣を巡る物語。