あらすじ
「おまえを愛したことは、一度もない」
星の見えない夜、殿下はそう仰って、わたくしとの婚約を破棄なさいました。
よろしくてよ。ではわたくしも、ひとつだけ始末をいたします。
街外れの魔術師の店。売れるのは、記憶。売ったのは「殿下を愛した記憶」――それだけ。家の名も、礼儀も、帳簿の読み方も、わたくしはひとつも失っておりません。
翌朝から、不思議なことが起こります。
婚約を破棄したはずの殿下が、毎日わたくしの前に現れるのです。「あれは、おまえを守るための嘘だった」と。
けれど、わたくしにはその言葉を信じるための記憶がございません。信じたい気持ちも、疑う理由も、どちらも売ってしまいましたので。
そして王妃さまは、わたくしが「あの夜に見たもの」を覚えていないと、なぜかご存じでした。
嘘は、覚えていない者には効きませんの。
これは、記憶を置いてきた令嬢が、もう一度、自分の手で覚え直す話です。