あらすじ
アルディエ伯爵家の双子の妹リゼットには、名前がない。
戸籍の上では「病弱で領地療養中」。その実態は、聖女と名高い姉エステルの影武者だ。髪を姉の色に染め、姉の声で笑い、姉として夜会に立つ。――聖女の奇跡の本当の出どころが、自分であることも隠したまま。
「これは姉さまの力。私は借りているだけ」
そう思い込まされて育った娘は、今日も完璧に姉を演じる。誰にも見抜けない。両親にも、社交界にも、当の姉にさえ。
ただ一人、「氷の王太子」セドリック殿下を除いて。
「はじめまして、と言うべきかな。君は、彼女じゃない」
初対面の茶会、一杯の果実水で彼女の正体に気づいた王太子は、暴く代わりに奇妙な決め事を己に課す。一、名前を確かめること。二、本人に、本人の名で名乗らせること。三、それまで、何も暴かないこと。
誰にも気づかれない我慢に気づいてくれる人がいる。名前を訊いてくれる人がいる。
影として生きてきた娘が、自分の名前で立つ日まで――。